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横浜地方裁判所 昭和59年(わ)3350号 判決 1987年1月29日

主文

被告人三名をそれぞれ懲役三月に処する。

被告人三名に対し、未決勾留日数中、右各刑期に満つるまでの分を、それぞれその刑に算入する。

被告人三名に対し、この裁判が確定した日から一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人白﨑は福井市で生まれ、高校を卒業後、昭和五七年四月横浜国立大学工学部に入学した学生であり、同竹内は金沢市で生まれ、石川工業高等専門学校を卒業したのち、東芝に入社して本件当時は同会社の浜川崎工場に勤務していたものであり、同渡邉は京都府舞鶴市で生まれ、千葉県に移つて高校を卒業したのち、同五九年四月法政大学経済学部に入学した学生であるが、被告人三名は、いずれも昭和五九年一二月初めころ、アメリカ合衆国海軍原子力航空母艦カールビンソン号(以下、カールビンソン号という。)が横須賀の海軍施設に入港するとの報道を知り、右カールビンソン号には核兵器が搭載されていると考え、その入港に反対し抗議する行動をとつていたところ、互いに意思を通じ合つて共謀のうえ、正当な理由がないのに、同年一二月一〇日午前九時ころ、いずれも、神奈川県横須賀市稲岡町八二番地所在の神奈川歯科大学構内から、同大学第二研究棟脇の車庫に隣接して設置されている境界の囲障(金網フエンス)を乗り越えて、アメリカ合衆国軍隊が使用する施設であつて入ることを禁じた場所である同市本町所在の横須賀海軍施設内に入つたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人らの主張(略)

二  当裁判所の判断

1  公訴棄却の申立てについて

検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめることがありうるにしても、それは、例えば、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解されるところ、本件起訴についてみると、この点に関する弁護人らの主張の諸点を後記2及び3をも含め種々検討しても、弁護人らの主張するように違憲の法律に基づいて起訴したものとはいえず、また後記のとおり被告人らの本件犯行の態様は必ずしも軽微なものとはいえないのであり、さらに、提出された関係証拠によつても、被告人らの抗議行動を弾圧しようとの政治的意図により本件の起訴がなされたものとは認められないのであつて、本件の起訴が検察官の裁量権を逸脱したものとして当然に無効とされるべき場合にあたるとは決して考えられない。よつて、この点に関する弁護人らの主張は採用することができない。

2  安保条約及び本件規定等の違憲性について

(1) 弁護人らの安保条約等の形式的無効の主張の点について検討すると、三権分立を定める憲法のもとにおいては、三権の主体である各国家機関の自主性が尊重される結果、裁判所の司法審査権の範囲にも自ずから限界があり、条約や法律等が適法有効に成立したか否かについての法的判断は、原則として立法機関である国会の自主的判断にまかされており、それが一見して明らかに成立していないものと認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解すべきところ(最高裁判所昭和三七年三月七日大法廷判決・民集一六巻三号四四五頁参照)、安保条約、地位協定及び刑事特別法については、いずれも国会において承認ないし法律制定の議決を経たものとされ、適法な手続により公布されて、現に有効なものとして実施、運用されていることは公知の事実であつて、それらが一見して明らかに成立していないものとは認められないから、それらの議事手続等に関する事実を審理し、その有効、無効について判断することは、裁判所の司法審査権の範囲外にあるものといわざるをえない。したがつて、安保条約、地位協定及び刑事特別法が形式的に成立していないとの前提に立つて、これらを根拠にした刑事特別法を無効とすることはできない。よつて、この点の弁護人らの主張は失当であり採用できない。

(2) 弁護人らの安保条約等の実質的無効の主張の点についてみると、安保条約のように主権国としての我が国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが違憲であるか否かの法的判断は、純司法的機能をその使命とする裁判所の司法審査には、原則としてなじまない性質のものであり、したがつて、一見して明らかに違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものと解すべきところ、安保条約は、憲法九条、九八条及び前文の趣旨に反して違憲であることが一見して明らかであるとは認められないから、結局、安保条約が違憲であるか否かの法的判断は裁判所の審査権の範囲外のものといわざるをえない(最高裁判所昭和三四年一二月一六日大法廷判決・刑集一三巻一三号三二二五頁、同昭和四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁等参照)。なお、安保条約の今日的運用実態は紛れもなく軍事同盟条約の性質を具備するものであり、憲法に違反するという点の弁護人らの主張も右同様に、高度の政治性を有する事柄につき違憲であるか否かの法的判断を求めることであり、純司法的機能をその使命とする裁判所の司法審査には、原則としてなじまない性質のものであり、その点に関する弁護人らの主張だけからしては、前同様に、違憲であることが一見して明らかであるとは認められない以上、その点の判断も裁判所の審査権の範囲外のものといわざるをえない。したがつて、安保条約及び地位協定に関して違憲であるとの前提に立つて、これらを根拠にして制定された刑事特別法も違憲無効であるということはできない。よつて、この点の弁護人らの主張も失当であり採用できない。

(3) 弁護人らの本件規定自体の違憲性の主張の点についてみると、前記のように安保条約及び地位協定が憲法九条、前文に違反するものということはできず、したがつて、また、合衆国軍隊が日本国内の施設又は区域を使用することが憲法九条、前文に違反する事態であるということもできないのであるから、本件規定が地位協定二条により合衆国軍隊の使用する施設又は区域について、軽犯罪法一条三二号の定める場所に比べ、その平穏を一層保護する必要があると認めて、同条三二号より重い法定刑を定めたとしても、それは、特段の事情がない限り、立法政策の当否に帰する問題であつて、これが憲法九条、前文に違反し、ひいては、憲法一四条、三一条に違反するものとはいえない。また、本件規定の処罰対象は、その条文上からも、また、刑事特別法六条との対比等からしても、合衆国軍隊の軍事目的達成に直接必要な施設等に限定されてはいないのであり、本件規定は右軍隊の使用する施設又は区域の平穏を保護法益としているものとみられるのであるが、右のように処罰対象の限定がないとしても、そのことは、前同様に立法政策の当否に帰する問題であつて、そのことから直ちに合理的根拠を欠き憲法一四条、三一条に違反するものとはいうことはできない。よつて、この点の弁護人らの主張も失当であり採用することができない。

3  無罪の主張について

この点の弁護人らの主張のうち、本件規定が違憲無効であることを前提とするものについては前記1及び2のとおり理由がないので、さらに、その他の点につき検討する。

(1) 関係各証拠によれば、以下のような諸事実が認められる。

<1> 本件当時、被告人三名は、いずれも、日頃から戦争反対及び核兵器反対の強い意識を持ち、実際にもそのための抗議行動を行つてきたものであるが、前記のカールビンソン号の横須賀入港に際し、いずれも昭和五九年一二月九日ころ、右カールビンソン号が核兵器を搭載しているとの認識のもとに右入港反対の抗議集会に参加したりしていた。

<2> 神奈川歯科大学の保存科助手である児玉利朗は、同月一〇日午前九時ころ、同大学第二研究棟二階の研究室の窓から外を見ていたところ、同第二研究棟脇の車庫の屋根越しに、三人の男が同大学側から同所に隣接する米軍基地との境界の囲障である金網フエンスの上部に登つてきて、右フエンスの上の有刺鉄線を乗り越えて米軍基地内に飛び降り、そのうち三番目に登つてきて飛び降りた男が赤い旗を柄に巻きつけたものを持つていたのを目撃し、さらに、右三人の男が飛び降りてしばらくして、その三人の男が一固まりになり「中核」と白字で書いてある赤い旗を立てて持ちながら道路上を基地の奥の方に走つて行き、その後、数分ほどして、二、三人の制服の警察官が、続いて五、六人の機動隊員が右三人の男の行つた方向と同方向に走つて行つたのを目撃した。

<3> 神奈川県の警察官である金子義治は、同じ一〇日、横須賀基地付近の警備のために、午前八時四〇分ころから同基地の三笠ゲート付近にいたところ、同ゲートの哨舎前に立つていた米軍兵から北側の方向を指差して「スリーピープル」と言われ、さらに、右ゲート付近の基地内路上に渋滞して続いていた車両のうち、右ゲートから奥に五、六〇メートルの地点にいた車の運転手からも、基地の奥の方を指して、三人の男が走つて行つたと言われるなどしたので、右ゲート付近で警備に当たつていた機動隊員を呼び、一緒に基地の奥の方に向かつたところ、さらに奥の方から同人の方に向かつて車道の右端を一列になつて走つて来る白いヘルメットをかぶつた三名の男らを発見し、同人らの服装や動作等からして不法侵入者であると判断して逮捕しようとした。また、同日、横須賀基地内への不法侵入者の未然防止及び検挙の指示を受けて、午前八時四〇分ころから右三笠ゲート付近の基地内で警備に当たつていた警察官の山口正彦、同邑楽貞男及び同高杉哲郎らは、同基地内にいた他の警察官(前記金子)から「こつちだ、こつちだ」と言われ、同人のいる方に呼ばれたため、これに応じて基地の奥の方に走つて行つたところ、被告人三名を認め、午前九時五分ころ、被告人三名を基地内に不法に侵入した者として現行犯逮捕し、その場で、被告人らが身につけていた白色ヘルメット、革手袋や「中核」と記した赤い旗などを差押えた。

<4> 前記児玉が指示した三人の男の侵入箇所は、金網フエンスの最上部までの高さが前記大学側で地上から約三メートルあり、右侵入箇所付近の囲障である金網フエンスには「警告、制限地区、立入禁止、許可された者のみ可」と書かれた警告板が右大学側に向けて取り付けられていた。また、前記基地の三笠ゲート及び正面ゲートの前にも右同旨でさらに詳細な警告板が掲示されていた。被告人三名が逮捕されたのは、前記侵入箇所から北方約六、七〇メートルの通称ニミツツ通り道路上であつた。そして、被告人らが乗り越えた金網フエンスの囲障は、地位協定二条により日本国が合衆国に使用を許している神奈川県横須賀市本町所在の横須賀海軍施設(施設番号FAC3099)の範囲を画する境界線と符合するものであり、被告人三名が侵入した場所及び逮捕された場所は、本件規定にいう「合衆国軍隊が使用する施設であつて入ることを禁じた場所」に該当すると認められる。

<5> (a)長年にわたつて基地問題に携わり、横須賀基地について強い関心を持つている本多七郎は、本件のカールビンソン号の横須賀港入港に反対し、その入港直前の一二月八日、東京地方裁判所に、核装備した又はその疑いのある艦船の横須賀への寄港の差し止めの訴えを提訴したものであるが、被告人らの本件行為について、偶発的なものであり、誰かが何かをやらなければとまらないというやむにやまれない気持の発露から出たものと思うが、基地に無断で入つた行為そのものは決してほめられるべき行為だとは思わないと述べ、また、核の持ち込み反対運動や平和運動については、一〇年、一五年先を展望して地道な運動を国民一人、一人がやつていく努力が必要であり、性急にことを構えても無理だろうしあまり得はないという気がするとも証言している。また、(b)横須賀基地近くに住み、日本キリスト教団の社会委員会に所属して基地自衛隊問題等に携わり、長い間、横須賀基地への核搭載可能な船艦の入港等の監視を続け、その出入港のたびごとに抗議行動をしてきた木村武志は、本件のカールビンソン号の横須賀寄港に反対し、その入出港日及びその前後数日にわたつて、抗議船に乗つたり、アメリカ大使館、横須賀基地や横須賀市庁に抗議に行つたりして抗議行動をしていたが、被告人らが基地の中で逮捕されたころには基地前で抗議していた旨証言している。

(2)以上のような諸事実及び証拠の標目に掲げた各証拠を総合すれば、

<1> 被告人三名は、カールビンソン号入港に反対する抗議の目的を共通にし、判示の日時ころ相前後して、有刺鉄線のある金網フエンスを乗り越え、三名とも同様の形状のヘルメットや革手袋を身につけて判示の海軍施設内に侵入し、その後も一団となつて行動しているのであるから、少なくとも現場において互いに意思を通じ合つて共謀のうえ右施設内に立入つたものであることが明らかである。さらに、被告人三名は、公判廷において、自分達の行為の正当性を主張しながらも、現行の法律には抵触する行為であることをおおむね自認しているのであつて、侵入した場所が米軍基地内であることについても十分認識していたものと認められ、客観的にも、右侵入の場所及び現行犯として逮捕された場所は、合衆国軍隊が使用する施設であつて入ることを禁じた場所である横須賀海軍施設内であることが認められるのであるから、被告人ら三名の所為が本件規定の構成要件に該当することは明らかといわなければならない。弁護人らが言うように、右施設がどのような手続で合衆国軍隊に提供されたかとの点、及びその結果の公示手続の点についても検察官における主張・立証が必要であるとは解されず、また、前記のように基地の正面ゲート及び三笠ゲートには許可なく入つた者は不法侵入となり処罰される旨の警告板が掲示されていたうえ、被告人らの侵入箇所付近の金網フエンスにも前記のような内容の警告板が取り付けられていたのであるから、合衆国軍隊が使用する施設であつて入ることを禁じた場所であることの明示に欠けるということはできないのであり、右「入ることを禁じた場所」についての表示の名義人が常に必ず日本国政府でなければならないとも解されないのであつて、これらの点に関する弁護人らの主張はいずれも採用できない。

<2> 次に、違法性及び有責性に関する弁護人らの前記主張について検討する。

前記のとおり安保条約等が違憲であるとはいえないのであり、右条約による基地の提供及び保護の義務がないということはできず、前記二2のとおり、本件規定は横須賀海軍施設の平穏を保護法益としているとみられるところ、確かに、本件のカールビンソン号の横須賀入港に際し、右入港に反対する抗議の集会やデモなどの市民運動がなされたり、横須賀市議会でも右抗議の請願を採択するなどしていた状況にあつたこと、被告人らは、右反対運動に参加していたものであり、本件の行動に出た動機、目的等について公判廷で種々陳述しているのであるが、その心情についてはそれなりに理解できる面があること、被告人らの基地侵入後の行動は、基地の外縁部ともいえる通称ニミツツ通りを旗を掲げ一団となつて走り回つたにすぎず、右侵入後約五分で警備中の警察官によつて現行犯逮捕されていることなどの諸点が認められ、これらの点は違法性・有責性の評価に際して酌むべき事情であると考えられる。

しかしながら、右の事情を斟酌しても、本件における法益侵害の程度が著しく軽微であるとはいい得ないうえ、被告人らが有刺鉄線の張られた金網フエンスを乗り越えて侵入したという行為態様からみても、また、前記本多及び木村の証言からもうかがわれるように、カールビンソン号の入港に対する抗議の仕方には多様のものが考えられ、被告人らが基地への侵入をしなければ回復不能の被害を被るに至るという緊迫した特別な事情があつたとは認められないことからしても、被告人らの行為がその手段、方法において社会的相当性を有するものとみることはできない。そして、右本多及び木村の各証言を引用するまでもなく、反戦平和を希求するという同じ目的に立つにしても、その実現のための行動、方策は必ずしも一様ではあり得ず、反戦平和、反核や基地問題のみならず、憲法といわゆる非核三原則との関係の見方などについても様々な立場があり得るところ、民主主義国家においては、右のように様々な立場をとる者が、自己の見解を自由に表明しその正当性を訴えて、その主張を実現しようとするのであるが、その実現のために実力行動に訴えるということは法治国家の理念を否定するものあつて、被告人らの行為は現行法秩序全体の見地からも実質的に違法であるとの評価を免れないものである。

さらに、これまでに挙げた諸事情や本件の全証拠を総合してみても、被告人らのおかれた当時の状況の下で、通常人につき、被告人らのとつた行為以外の他の行為をとることを期待できる可能性がなかつたとは到底考えられない。

以上の諸点に照らし、被告人らの行為については、その違法性及び有責性に欠けるところはなく、弁護人らの主張はいずれも採用することができない。

(3) 以上にとおりであるから、被告人らにつき判示のとおりの罪となるべき事実が認められることは明らかであり、弁護人らの無罪をいう所論は理由がない。

(法令の適用)

被告人三名の判示各所為は、いずれも刑事特別法二条、刑法六〇条、罰金等臨時措置法四条一項に該当するところ、各被告人につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、諸般の情状を総合考慮のうえ、被告人三名をそれぞれ懲役三月に処することにし、刑法二一条を適用して未決勾留日数中、右各刑期に満つるまでの分を被告人らの各刑に算入し、被告人三名に対し同法二五条一項一号を適用して、この裁判が確定した日から一年間それぞれの刑の執行を猶予する。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してその三分の一ずつを各被告人の負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(千葉裕 山本哲一 登石郁朗)

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